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予測サイトです

 投稿者:ころにゃんメール  投稿日:2009年12月20日(日)00時09分7秒
  http://enjoy.pial.jp/~prophet/

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適者生存

 投稿者:とーかつTOM爺  投稿日:2004年 7月 7日(水)17時57分38秒
   今、二極化が進んでいる。いわゆる、「勝ち組」「負け組」の差が大きくなりつつある。
アメリカ型の極端なケースである、「弱肉強食」の社会に日本がなってしまったら、
営々として「日本文化」を築いてきた先達に申し訳ない気がする。
 民間の努力によって、日本経済は徐々に回復してきている。失業率も低下してきた。
小泉首相が声高に言うように、郵政民営化・道路公団民営化等々の改革はそれなりに進んでいる。
小泉さんだから出来たことであって、他の政治家では出来なかったであろう。
どの分野でもそうであろうが、改革にはある種の弊害を伴う。小泉さんの改革も弊害が
目立つようになってきたので、国民の支持率が低下してきているように思う。
しからば、その弊害の生まれる原因はなにか。小泉さんの考え方が、あまりにもアメリカ
一辺倒だからではなかろうかと思う。
 元首相のあの森さんが「小泉さんは言い訳ばかりしていないで、日本の国のあるべき姿を
もっと言うべきだろう」といっているようだが、それは小泉さんのみにいえることではなく
政治家全員にいえることなのである。
 小泉さんは、自分の考え方は正しいとの思い込みが激しいので、支持が少なくなるのである。

 小泉さんの役割は終わったので、次の誰かを首相にすべきであろう。
その誰か が問題だ。政治的な力は無くても良いので、
国民の意見を良く聞いて、そして国民に自分の考え方をよく説明して、
そして熟慮断行出来る人が、次の首相には適任だと思う。
 この程度の条件であれば、クリアー出来る人は、政治家の中にもいるような気がする。
そうだ!もう一つ大切な条件を忘れていた。
それは、「少年のような清らかな夢と志をもっていること」である。これが欠けていては
日本を良い国には出来ない。我こそはと思う政治家諸氏は手を挙げてほしい。
 
様子を見てましょう、なんていう輩は、まさかこの「ご意見番」は見ていないだろうから
まず対象外になる。政治家における適者とは、国民の声なき声を素直に聞ける人をいう。


 

参議院選挙も民意の反映だろう。

 投稿者:とーかつTOM爺  投稿日:2004年 7月 4日(日)14時25分45秒
   参議院選挙が終盤になる。マスコミ報道によれば、自民党が負けて、
民主党が勝つらしい。世論調査の結果から、そのように判断できるらしい。
今回の参議院選挙は、次の衆議院選挙の「中間選挙」的意味合いなので、
たとえ自民党が負けても、小泉首相は辞める必要はなかろう というのが大方の見方である。
そうかもしれないが、「中間選挙」とはいっても民意の反映が「投票」に表れるわけだから、
小泉内閣不信任ととらえる事も出来るのである。
爺は毎年1回は「国政選挙」を行うべきであるという考え方なので、
自民党が負けたならば、解散総選挙を行うべきであろう。
しかしながら、民主党はじめ野党の力が弱く、頼りないので、解散総選挙には
ならないであろう。民主党が100年経っても政権に着けない理由がここら辺にある。

爺は民主党の志ある方々が、このご意見番を見て、決起されることを期待したい。
いわゆる「政権交代」のない期間が、30年以上もある国は珍しいらしい。
民主党の皆さん、チャンス到来かもしれないぞ。がんばってほしい。
 爺は自民党支持であるので、念のため、お忘れなきよう願いたい。
民主党の「マニュフェスト」はインチキだったなあ。その点の反省がまるでないのが、
爺は気に入らない。
 

ご報告いたす。

 投稿者:とーかつTOM爺  投稿日:2004年 7月 2日(金)17時52分13秒
   「適性試験」の点数合わせをした。偏差値が50を切ってしまった。予想以上に厳しい。
爺の年代の受験生は全体の8%位である。やはりといおうか、当然と言おうか
爺より若い年代の受験生と比べると、出来が良くない。ちなみに、若い年代の受験生は
80%位を占めている。
 年寄りの冷や水といわれようが、若者達に点数のうえで、負けるのが悔しい。
爺の年代の方達はしっかりしている人もいるが、頼りない人達の方が多い気がする。
諸賢は例外であるのはいうまでもない。日本の明日は諸賢の働きいかんによって、
良くもなるし、悪くもなるのだから諸賢には頑張ってもらわねばならぬ。
 爺は「知力」・「体力」が低下しても、「図々しさ」と「ど根性」にかけてはパワーアップ
している。なので、適性試験の成績など気にすることなく、希望の法科大学院を
受験するつもりである。但し、東京大学、慶應大学、早稲田大学そして中央大学は
受験しない。なぜ???「聞くでない!」
受験しない方がよい大学が多いのが、爺としては情けないが、やむを得ないこととあきらめた。
日々、テレンコ、テレンコいい加減なことをしながら、時間を浪費している
「マスコミ」の連中と、「天下り役人」の連中に、言っておこう。
4年後には、お前らの「首」は飛ぶ。なぜなら、爺が「法曹界」の仲間入りをして
「正義」の鉄槌を下すからである。
こんなことを、真面目に言える状況にすべく、爺は頑張り続けるゼ。
 

もうしばらく爺の「道楽」にお付き合い下され。

 投稿者:とーかつTOM爺  投稿日:2004年 6月28日(月)17時56分36秒
   6月27日(日)法科大学院の適性試験(大学入試センター)が行われた。
爺は受験した。既に、解答が発表になっているので、答え合わせをすればよいものを、
悪い点数だったらどうすべえ~!なんて考えているのでまだ答え合わせをしていない。
強気の爺がこんなに弱気になるのは珍しい。自己分析してみるに、当日は試験終了時間
1秒前まで必死に頑張ったので、その頑張りが、「点数悪し」で否定されたら
ショックがが大きいだろうなんて思いがあるからなのである。
 7月中旬には、点数が爺宛送られてくるので、所詮、まな板の鯉にはちがいない。
ところで、次は、個々の法科大学院に入学願書を出すことになる。
個々の大学院では今回の「適性試験」の成績や「論文試験」の成績などを勘案して
合格者を決めることになっている。したがって、爺は「適性試験」の成績を目安として
合格できそうな大学院に「入学願書」を提出する。そして、「論文試験」を受験する。
論文試験の成績が良ければ、適性試験の成績がたとえ悪くても、希望の大学院に合格出来る
こともある。なので、いわゆる「論文試験対策」も真剣に行わなければならない。
7、8、9月はまさに熱い戦いになりそうである。
諸賢には、引き続きご迷惑をおかけしそうであるが、ご勘弁願いたい。
さらなるお願い事は、もうしばらく爺の「道楽」にお付き合い願いたいということである。
 点数合わせをしたら、諸賢にその結果をお伝えする。
 

100人100様

 投稿者:とーかつTOM爺  投稿日:2004年 6月23日(水)18時32分58秒
   世間には、といおうか 社会には、といおうか いろいろな人がいる。
爺のように、わがままな人間にとっては、いろいろな人がいることに対して
うっとうしくなってくる時がある。喩えとしては、やや不適切ではあるが、
例えば、いろいろな食べ物がテーブルに並んでいる場合、あまり食べ物の種類の数が
多いとなんとなくうっとうしくなるのと同じである。???いいえ!!と言う声が
聞こえてくるが、当然のことであろう。爺はあまり食べ物の種類が多いとうっとおしく
なるが、そうでない人もいるのである。そこが爺としては煩わしいのである。
 最近、ふっと気がついた。そんな煩わしさを解消する方法が見えたのである。
諸賢は数十年も前からお気付きの事なのであろうが、爺は最近になって気がついた。
お粗末の限りである。
 その方法とは、うっとおしいと爺が思う事について、なぜ、その事がうっとおしいかを
論理的に、うっとおしいと思わない人に説明することである。そうすると、
爺の説明が論理的かつ「運が良ければ」、大方の人は納得する。そして、爺は
うっとおしさから解放される事になる。
百人百様の人達がいる社会で、心地よく暮らしていくためには、身につけなければ
ならない能力、技術あるのだ と気づいた。この気づきは、今後何十年間、社会の皆様にはお世話にならなければ
ならない、爺にとっては大変有り難いことなのである。
 

梅雨空

 投稿者:とーかつTOM爺  投稿日:2004年 6月10日(木)17時44分17秒
   梅雨の時期は元気が出ない。
歌の文句じゃないけれど、銀座、赤坂、六本木が好きな自然派・・・
(言葉に矛盾があるかな)の爺にとっては、天気の良くない日が続くと、
なんとなくメランコリーになり、元気が出ない。

 青空が恋しい爺である。
 

我、まだ二流人。

 投稿者:とーかつTOM爺  投稿日:2004年 6月 8日(火)18時19分35秒
   われ、風流人 であればサマになるが、 我、二流人では大きな顔は出来ない。
法科大学院入学のための「適性」試験日が迫ってきた。いわゆる一浪後の受験なので、
なんて事は無かろうと思っていたが、むしろ、期待と不安が一回目の受験より大きい気がする。二浪する気は今のところないので、合格したにしろ、不合格であったにしろ、
なにがしかの「決意」を持つことを自らに課さねばならないために心がドキドキする。
 自己を見つめて、まだまだ器が小さい、二流人だなぁ と少々落ち込んでしまった。

強気一辺倒で歩んできた爺としては、忸怩たる思いである。

 合格、不合格、いずれにしても我が人生の歩むべき方向、歩み方を変えなければならない
のである。そんな時期が目前に迫っている。
一流人の生き方は「日々、新たに」ということなのであろうが、まだまだそこまで成長していない
爺としては、新たな人生の目的に向かって、チャレンジするという生き方になる。
爺の学友達のなかには既に会社を定年になって、いわゆる第二の人生を送っている者もいる。
爺は今になって、そんな学友達の気持ちが分かるような気がする。
第二の人生において、一流人をめざそう。二流人のまま、死んでなるものか、
強気な爺のこだわりである。
 

卓越した見方。

 投稿者:とーかつTOM爺  投稿日:2004年 6月 5日(土)12時21分59秒
   ある会社と、ある公益法人の「監査」に3日間ほど、取り組まさせていただいた。
監査業務そのものは、当たり前のことを当たり前に行うということなので、
なんの感動もない。本来は感動を見いださなければならないのであろうが、
仕事そのものについては、感動を生み出すほどの力量は、爺にはない。
 しかし、監査を行いながら、いろいろな方達とお話をさせていただける中で、
多くの感動をさせていただける。今回は卓越した見方・考え方のお話に感動した。
「卓越」の定義は諸賢にご判断いただくとするが、爺はとにかく素直に感動した。
爺は相変わらず、大きな顔をして独断と偏見で行動しているので、素直になるのは
あまり無いのである。
 二、三 諸賢にお伝えしよう。
「全体を見ずして、部分を語るな。部分にこだわると、全体を見失う。」
「異説を排除するな。異説から真実が発見出来ることがある。」
さらに、爺には納得できないことではあるが、「絶対の存在を認めると、真実が
見えてくる」 という お話を聞かせていただいた。

 お話下さった方達は、社会的に超一級の方達であるが、驕り高ぶるところなど
微塵もない。なのでなおさら、言葉に力がある。
爺は久々に清々しい気持ちになれた。
諸賢にお伝えしたい。人とつき合うならば、超一流の人とつき合うべし。
・・・既にそのように心がけているぞ という声が聞こえてきた。
爺の老婆心であった。

 

何をするにも体力勝負!

 投稿者:とーかつTOM爺  投稿日:2004年 5月24日(月)16時57分59秒
   土・日の二日間、朝から夜まで、お受験のための勉強をした。
朝、電車に乗って東京の塾まで行き、そして夜、電車で家に帰ってくるだけで、
へとへとになる。お受験は、爺としては好きなのでなんとががんばれるが
塾への、行き帰りが厳しい。
 サラリーマンやOLの方達の大変さが分かった。ところが、爺の事務所の前にある
市役所の職員達は「楽」そうである。例外的(こういうふうに言っておかないとマズイ)かも
しれないが、車で通勤する人が多いので、周りの駐車場は市役所の職員のために貸し切り
専用となっている様な状況で、電車通勤の苦労はなさそうな人が多い。
 要するに、行き帰りが楽、そして仕事も楽、これが爺の住む市役所の職員の姿なのである。
物心ともに厳しさが足りないので、ボーとした感じの人が多い気がする。
なぜそうなるのか。仕事量と比較して、あまりにも職員の数が多すぎるから、だらけて
しまうのである。職員の数を半分にすべきであろう。そうすると、
普通の人達と同じように、「何をするにも体力勝負!」と言える、職員達になるであろう。

 

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